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性癖シチュ四大癖書 * 1番アルシオ 怪我する話

性癖シチュ四大癖書で書いたものです。
リクエストありがとうございました!!

こちら(https://x.com/Lanai_777/status/1795792778250907785)で書いたものです!
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 森に野草を採りに行った子供が帰ってこない、という話を聞いたのはアルフェンが一人の時だった。シオンとの二人旅とはいえ別行動をとる時もあり、丁度今日はアルフェンが街で日用品の購入、シオンは治癒術師として依頼を受けていた。
 目的の店をすべて回り終わり、使い込まれた帆布の鞄にたくさんの食材と新商品の香辛料をつめて宿屋に戻ろうとした時だった。街角で五人ほど大人が集まり、眉を顰めながら何かについて真剣に話し合っている。その輪の中央にいる女性は手を口に当て、目に涙を滲ませながら必死に何かを訴えているようだ。
「――やっとここまで生き延びてきたのに、今あの子を失うなんて……!」
 その言葉が耳に入った時、どくりと心臓が鳴った。アルフェンは帆布の鞄を持ち直すと踵を返してその大人の集団に近づいた。

 雪に残された足跡を頼りに森の中を駆けていく。アルフェン一行や自警団の活躍により、以前と比べてズーグルの数は減ってきていた。しかし逆を言えば現在残っているズーグルは力の強さや知能の高さから討伐を免れている個体なのだ。そんな危険な存在に子供が出くわしてしまった場合、どうなるかは想像に難くない。
「クソっ!」
 子供の姿はおろか、今まで通ってきた道さえも曖昧になりそうなほどの雪煙。話を聞いた直後に一人で出てきてしまったが悪手だったかもしれない。こんな時シオンがいれば冷静に状況を判断してくれて、最善の行動ができただろうか。アルフェンは朝に別れた際の微笑みを思い出して、それからゆっくりと息を吐き出した。
 弱気になっている場合ではないのだ。この森に行ったきり戻ってこない子供を探さなければならない。再び歩き出そうとした時、腹の底を揺さぶるようなズーグルの鳴き声が響く。少し遅れて少年のものと思しき叫びが耳に届いた。
「あっちか!」
 アルフェンは地面を踏みしめ走り出した。きっとこの先に、母親が探している息子がいることだろう。悲痛な思いを胸に涙を流す姿は、カラグリアで何度も見た光景だった。それをもう繰り返さないためにアルフェンは足を速めた。

「くるな、こっちに来るなよう!」
 雪に埋もれかかっていた石を掴み投げるものの、震える手から放り出されたそれは小さな弧を描くだけでズーグルの身体には当たらなかった。後ずさりしようにも木の太い幹に阻まれて行き場がない。
 鬱蒼と茂る森の中に傾きかけた日。どちらも少年ではなくズーグルに味方しているようで、天にも見放されたような気持ちになった。木を切り倒せるだけの爪もなく、暗闇でも獲物を逃さない瞳もない少年にできることは震える手で掴んだ石を強く握りしめることだけだった。
 どうしてこうなったのか。ただ、自分をここまで生き延びさせてくれた母に少しでも恩返しがしたかっただけだった。
 投光器に行ったきり帰ってくることのなかった父の好みはこの森で採れるトマトだった。父が採ってきたそれを三人で分け合う瞬間だけが、互いを疑い合うあの町で唯一心穏やかに過ごせる時間だったのだ。やっとの思いで手に入れたトマトを三つ、大事に抱えながら少年は過去の団欒を思い返していた。
 ズーグルはまるでいつでも少年を殺せると言わんばかりに、のんびりとした足取りでこちらに近づいてくる。奴にとって自分は本気を出すまでもない小物なのだ。今全力で走れば逃げられるかもしれない。そう脳内ではわかっているはずなのに、足がすくんでしまい動けない。顔に雪が舞い落ちたところからまるで凍っていくかのような錯覚に陥った。
「か、あ……さん……」
 少年の小さな声をかき消すかのようにズーグルは叫ぶ。そしてやっと餌を食べる気になったのかこちらに向けて走ってくる。身を守ろうと縮こまった時、自分を守るように誰かがズーグルに立ちはだかり、剣を振り下ろした。
「剛華爆炎陣!」
 雪の暗闇の中で燃え上がる炎はまるで希望の灯のようで、危険な状況に変わりはないのに少年はしばらくその炎に見とれてしまっていた。ズーグルが倒れその身体が消えていくのを見守ったあと、自身を助けてくれた青年はこちらを見て手を伸ばす。
「大丈夫だったか? 怪我はないか?」
「う、うん……」
 籠手で覆われた手は大きく、少年の小さな手をすっぽり掴み、力強く、けれど優しく引き上げてくれる。
「あり、がとう……。それと、ごめんなさい」
 青年の格好を見るに、レナ人の兵士ではないことはわかる。それでも戦闘に長けているため、もしかしたら傭兵なのかもしれない。何にせよ、日も暮れた雪の森の中に自分を助けるため来てくれたのだ。少年は罪悪感と安堵の思いを込めて青年に感謝の言葉を告げた。
 青年は困ったように笑うと、少年の頭をくしゃりと撫で、「母親が心配してたぞ」とだけ伝えた。母親に喜んでもらいたいがための行動だったはずなのに、それで心配をかけるなど本末転倒だ。
「うん、帰る。僕、帰り道わかるんだ。一緒に来てくれる? えっと……」
「アルフェンだ」
 青年の名を聞いた時、記憶の片隅にあった何かが頭をかすめた気がする。確か、ダナとレナを統一に導いた人がそんな名前だったような、いやあれは炎の剣と呼ばれていただろうか。
 曖昧な記憶をたどりながら、少年はせめてものの礼に街に戻ったら採取したトマトを分けようと考えていた。

 分かれ道を正しく進みしばらく道なりに歩いていた時、ふと隣を歩いていたアルフェンが歩を止めた。そして少年の前に手を伸ばし、自身の口元に指をあてる。どうやら静かにしろとのことで、少年は口をきゅっと閉じた。
「……現在残っているズーグルは討伐を免れている個体、か。まずいかもしれないな」
「え、それって――」
 少年が言いかけた時、ばきばきと木々の倒れる音が響く。次の瞬間、背丈の数倍もあるであろう大型のズーグルが鋭い爪を携えてこちらに襲い掛かってきた。
「隠れていろ!」
 アルフェンは少年を守るように身を乗り出すと剣を構えてひるむことなく鋭い爪を受け止める。そしてそのまま腕力でズーグルを薙ぎ払うと体勢を立て直す隙を与えず追撃していく。先ほどの少年を見つけた際の好青年のような笑顔とは対照的に、眇めた目には鋭い光が宿っているようだった。もしも自分に戦う力があったとしても、彼の隣に並ぶことはきっとできないだろう。その場にふさわしいのは自身の力を磨き、凛とした強さを持つような人でないとだめだ。
 少年はごくりと唾を飲み込んだ。あの巨大なズーグル相手に互角どころかアルフェンの方が強いように見える。けれど、町まではもう少しなのだ。自分が役にたたずとも、誰か応援を呼んでくることくらいはできるだろう。
 少年は大切に抱えていたトマトを茂みに残すと、深呼吸をして心を落ち着かせたのち、ズーグルがこちらを見ていない瞬間を狙って走り出した。脚力に自信があったわけではないが、どうしてか自分でも驚くくらい早く走ることができた。このままいけば町に出て応援を呼んでくることができる――はずだった。
「右に跳べ!」
 アルフェンの声が脳内に響く。そこからはまるで時間がゆっくり流れているかのようで、右に跳べと言われた言葉を理解し動くよりも先に、声の方を見てしまった。遠くからアルフェンが駆け寄ってくる。先ほどとは異なり切羽詰まったような表情をしているが、いったいどうしたのだろう。
 そこまで考えると、ふと顔に影が落ちた。不思議に思いながらそれを見ると、ズーグルの鋭い爪が眼前に迫っていた。自分から飛び出してきてくれた餌を狩ろうとしていることに気が付いた時、もう足は動かなかった。
「ごめん、なさ――」
 それは誰に向けた言葉だったのだろう。言葉の通じないズーグルに対しての命乞いか、心配しているであろう母親に対してか。それともここまで自分を助けに来てくれたのに、その対象が身勝手な行為で命を落とそうとしていることへの謝罪か。突然現れた死の気配に目をつむることもできずぼうっとしていると目の前が暗くなり、そして。
「ぐっ……!」
 アルフェンは自分を守るように手を伸ばし、その広い背中でズーグルの鋭い爪をまともに受け止めていた。
 だんだんと強くなる雪に赤い飛沫が混ざる。じわじわと服を汚していく赤色は地面に落ちて染みを作り出していた。常人なら痛みで動けなくなるに違いないはずなのに、アルフェンは少年を抱えるとその場から離脱するように駆けだした。
 自分など見捨ててしまえば怪我を負うこともなかったはずなのに、こんな状況になっても決して自分を置いていこうとしないアルフェンに、少年は「ごめんなさい」と呟くことしかできなかった。

 天からの雪は誰にでも平等に舞い落ちる。積もったそれを注視すると、迷ったようなのか、あちこちに見られる小さな足跡と、森の奥へ真っ直ぐ続く大きな足跡の二つがあった。後者の方を選んでそのあとをついていくと、幹に爪のような跡が残っており、ここでズーグルとの戦闘があった事を理解した。
「あんたと一緒に泊まってる青年が、子供を助けに森にいったそうだ」
 宿屋の主人は食材がいっぱいに詰め込まれた帆布の鞄を渡したのちそう言った。既に向かってから数時間が過ぎており、まだ戻らない青年が気がかりなのだと聞いた瞬間、預かったばかりの鞄を置いて宿屋を飛び出す。雪煙で前も見えない森へ、シオンは靴が汚れるのも厭わず走り出した。

 目的の場所にたどり着いた時、シオンは眼前の光景に息を呑んだ。
 雪どころか水まですべて蒸発し、焼き焦げた土の上に自分の愛しい人が――アルフェンが片膝をついていたのである。その傍らには迷子になったのであろう少年が一人、大きな目にいっぱいの涙を浮かべてアルフェンを見ている。
「アルフェ――」
 シオンが駆け寄ろうとした時、心臓が強く跳ねた。彼の白い衣の背中が大きな爪のようなもので切り裂かれ血が滲んでいる。じわじわといまだ鮮血がにじみ出るそこにも容赦なく雪は降り、血の温度を下げながら腕を伝って地面に垂れていく。
「アルフェン!」
「……シオン?」
 やっとの思いで声を絞り出すと、当の本人はまるでこの場にシオンがいることが不思議であるかのように目を丸くさせた。
 アルフェンがシオンの存在に気がつき身体を起こそうとするのを制止し、すぐさま治癒術をかける。近くにいた少年に声をかける暇はなかったが、見たところ怪我はないようだ。
 きっとアルフェンが守ったのだろう。誰かを守るためなら躊躇うことなく身を差し出す彼に、心配から生まれた苛立ちが顔をのぞかせてしまう。つい尖ったような言い方になってしまうのは〈荊〉がこの身にあった時間が長かったせいだろうか。
「もう、あなたって人は本当に――自分を大事にしなさいっ……!」
「ははっ。悪かったよ、シオン。ありがとう」
 アルフェンはシオンの怒りの感情に気が付いているのにも関わらず、嬉しそうな表情すら見せた。背中から血が止まるとほっと胸をなでおろすと同時に、そんな表情をしている理由を問いたくなった。
「なんだか嬉しそうね」
「いや、そういうんじゃないんだ。なんていうんだろうな……。シオンが来てくれると思っていたから、本当にその通りになって安心したのかもしれない」
 そしてアルフェンはいつものような優しい笑みを浮かべて、もう一度「ありがとう、シオン」といった。
 そんな顔をされてしまったら、何も言えなくなるじゃない。シオンはアルフェンの肩にぽすりと自分の手を添えると、彼だけに聞こえるくらいの声で呟いた。
「……あなたが私のことを大事に思ってくれるのと同じくらい、私もあなたが大事なのよ」
「シオン、それって……!」
「はい、応急処置はこのくらいでいいわね。とりあえずこの森から出ましょう」
 わざとらしく話を終わらせるが、思わずつぶやいてしまった言葉が頭の中で繰り返され、随分恥ずかしいことを言ってしまった気がしてくる。
 シオンはほんのり赤くなった頬を誤魔化すかのように少年に顔を向けると、少年はまだ涙が滲む目を腕で拭って笑みを作る。
「さぁ、帰りましょうアルフェン」
 シオンからアルフェンに手を伸ばす。強く握り返された手。この手や身体が、誰かを守るために傷ついた時、自分は彼のいちばん近くにいたい。
 アルフェンの隣で、アルフェンを守りたいのだ。