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戦いの余白

アンデラでニコとイチコの話です。
全話無料公開キャンペーンで225話まで読みました。めちゃくちゃ面白いです。
ニコとイチコ、ヴィクトルとジュイス、ファン、ビリーさんが好きですね。

「眠れなくても、こうして目を閉じてニコのそばにいるとなんだか落ち着くんだよね」
 そう言ってイチコは口元を柔らかく綻ばせる。足を伸ばせばたくさんの書類があり、締め切ったカーテンの隙間からは眩しいほどの朝日が差し込んで光の筋を作り出していた。
 一つの完成を作るのに必要だった百の試作品に追いやられ、ニコとイチコは無機質な壁を背中に座り込む。イチコの言葉に少し遅れてニコが返事をした。
「何言ってんだ」
 修羅場を越えたばかりのこんなぼろぼろな状況でよく落ち着けるもんだと思いながら、ニコは白衣のポケットに手を伸ばし潰れてしまった煙草を取り出した。中身は残り一本、疲弊し切った身体にさぞ染みるだろうと思ったが、ふと隣に座るイチコの方に目をやると手にしていた煙草を乱雑にしまう。
「吸えばいいのに」
「こんな汚いところで吸っても美味くないからな」
「最近体調いいよ? 身体はたまに寝られてるし」
「……そうかよ」
 考えが見透かされているような気がして落ち着かないというのに、イチコは身体をニコに預けてくる。ふわりと流れる髪の隙間から隈がのぞき見え、心が少し締め付けられた。
「こんなところにいないでさっさと部屋に戻るぞ。そこで休め」
「え〜もう少しいいじゃん。今回私すごく頑張ったんだし労ってよ」
 口元を尖らせてそう言うイチコに反論できるほど気力は残っておらず、また自分もどこかこの状況が心地いい気がしてニコは深く息を吐いた。
「ねえ、ニコは眠る時どんな夢を見ているの?」
「は?」
「不眠になってから夢なんて見なくてさ。身体は眠っても魂は起きてるし」
「…….別に、大したもんじゃねえよ」
「それは私が判断するから!」
「お前に評価されんのかよ。そうだな…….」
 組織のメンバーと他愛ない会話をする夢、何も知らずただ研究をしていた頃の夢、うまくいかずに頭を抱えている夢。
 イチコと意見を出し合っている夢、イチコと喧嘩する夢、イチコが笑っている夢。
 そこまで思い出して、ニコは開きかけた口を閉じた。こんなの、今言う必要なんてない。
「……忘れた」
「ええ〜!? 嘘でしょ!」
「うるせえ! 幽体離脱でもなんでもいいからさっさと休め!」
「も〜! ニコ嫌いニコ嫌い! おやすみ!」
 そうイチコは言い残して魂を身体から引き離したのか、彼女の身体の重みがニコの肩に乗る。規則正しい寝息と温もりは彼女がそこに生きていることを実感させてくれた。
「だから休むなら部屋で休めって……。だーくそ」
 こうなってしまったら動けないではないか。彼女の身体を抱えて部屋に連れていくのもいいが、なんだか眠くなってきてしまった。何徹目だったのだろう。
 目を閉じてそばにいれば落ち着くと彼女は言った。身体が眠れても彼女の魂はずっと眠れないままなのだ。この長い戦いの中で、少しでも穏やかに過ごせる場所があるのならそうさせてやりたい。
「……おやすみ、イチコ」
 辛い戦いの中にもこんな穏やかで幸福な時間があったことを忘れたくないなと思いながら、ニコは目を閉じた。