小説
止めたかったのは
ハズビンホテルとても面白いです!チャバギが好きです…。
妄想と捏造をたくさん含みますのでご了承ください。
羽を失い視界の半分を奪われた天使はどこに行けばいいのだろう。
用済みになったものが集まる路地裏のゴミ捨て場で、エクスターミネーションを終わらせ天国へと帰っていく天使たちの羽を仰ぎ見た。空を自由に飛ぶ彼女らを見て、自分のことを惨めだとか憐れだとか思うわけではなく、ただ虚しさだけが心を支配する。どうやら自分の行為は、天使たちにとって悪行と同等かそれ以上に許されぬものだったようだ。
涙の代わりに左眼から溢れてくるのは自分の体液で、どろりと汚い薄汚れた地面を濡らすのをただ見つめていた。
なんだ、こんな汚い私は堕天使にぴったりじゃないか。
人肉の焼けるすえた臭いに靴を汚す流血。自分たちが行ったことの結果を目前にして、ひどく後悔の念に駆られた。エクスターミネーションは必要な行為なのだと、必死に生きようと逃げ惑う悪人を刺し殺した。本当はこんなこと望んでないと叫ぶ自分の心に背いて間違った道を歩み続けた結果がこれだ。地獄に落ちても仕方ない、と乾いた笑いを漏らした。ごみ溜めにで息絶える。堕天使にはお似合いの末路だろう?
抉られた左眼の奥がじんじんと痛む。いっそのことその奥まで貫いてくれればこんな想いをしなくて済んだはずなのに。そう思っているとふと路地裏に靴音が響いた。地獄の生き残りだろうか。人肉嗜食だけは御免被りたい。
足音の人物はこちらの存在に気が付いたのか、まるでミュージカルの主人公のようにかつかつと靴の音を響かせて近づいてきた。綺麗に束ねられたブロンドの髪に真っ赤なジャケット。こんな地獄にはそぐわない格好をしたその女は、こちらの姿を見ると、皺のないズボンを汚すことすら厭わず跪き、まるで当たり前のことであるかのようにこちらの手当をし始めたのである。
「酷い怪我……。痛かったでしょう?」
そして抉られた眼球を見ると苦い表情を浮かべた。他人のことであるはずなのにどうしてそんなに心を痛めるのか。ここは地獄だ。人間の悪性しかない捨てられた場所。地獄の人間を助けるなんて行為、天国ですら望まれていない。
けれど女はどうして怪我を負っているのかすら聞かず、献身的に手当を進めていく。真っ暗闇を見ていた左眼に包帯が巻かれる。女は安堵のため息を漏らした。
「……ありがとう」
口から漏れ出た言葉だった。そう呟くと女はきまり悪そうに髪を整え、すっと通る声で言う。
「そんな、いいのよ。お礼なんて。でもそうね。……嬉しいわ。貴女を助けられて良かった」
そう女は言った。
ここは地獄だ。他人を貶めることや暴力を振りかざすことなんて、天使が地獄の人間を殺すくらい当たり前のことだと思っていた。けれどこの女は違う。見返りすら求めず、他人の問題に首を突っ込み助けようとしているのだ。
どうして。その疑問が抑えきれずにはじけた。
「……どうして? ここで初めて会ったばかりでしょう? なぜ私を助けてくれるの?」
そう言うと女はあっけにとられたような表情を浮かべ、それからまるで明日の天気を話すかのような、なんでもない顔で続けた。
「ええ、ここで会ったのが初めて。でもこれからはお友達でしょう? 私はチャーリー! 貴女は?」
女は地獄の掃き溜めで堕天使に手を伸ばす。地獄の赤とは違う、温かみさえ感じるような虹彩に右目を奪われ、思わず手を重ねてしまった。
「……あったかい」
「貴女、寒かったの? それじゃあ、こうすれば温かいかしら?」
女は――チャーリーはそういって自分を抱きしめた。遠い昔に感じたきりのぬくもり、そして自分の胸と重なりなり続けている鼓動。とくりとくりと打ち続けるそれは生きている証だ。
――これを私は止めようとしていたのか。
そう思った時、世界を見ている方の瞳から一滴、温かいものが伝った気がした。